各機関からの報告と提案 − 自殺予防提言ワーキンググループメンバーから

自殺予防における医療の役割(精神科受診率向上にむけての対策)

福島県精神科診療所協会  堀越 立

(1) 自殺の最大の危険因子はうつ病

 わが国における自殺者は3万4千人を超え、過去最悪となった。有効な自殺予防対策を講じるためには発生した自殺の原因を解明する必要があり、それを研究目的として心理学的剖検が行われている。この研究報告では約9割になんらかの精神障害を認め、その中で最も高頻度であったのはうつ病で54%(疑診例を含む)と半数以上を占めているという結果であった。また、全自殺者の25%が「経済生活問題」で自ら命を絶っており、約7割近くが30から50歳代の男性であった。患者調査ではうつ病患者は年々増加の一途を辿り、自殺者の増加の時期と一致している。社会経済活動の指標である国内総生産(GDP)成長率と自殺率の推移では両者は正反対の変化を示し、また、これとは逆に企業の倒産件数と失業率は自殺率とほぼ平行して変化していることが明らかとなっている。即ち、自殺予防のための第一の対策は精神障害の早期発見と治療であるが、社会経済環境の変化を視野に入れた行政、医療、企業などの総合的な協力体制が必要であろう。

(2) なぜ、うつ病は認知されにくいのか?

 世界中で精神科医療サービスは絶えず変貌しており、先進国では脱入院化、ノーマライゼーション、心理社会的治療法、忍容性や安全性の高い薬物療法、コメディカル・スタッフを包含した効果的な治療法の進展等々目覚しいものがあるやに見える。脱入院化の過程を例にとっても、日本は端緒についたばかりである。日本の精神科病院入院患者数は未だに多く、新しい精神科医療サービスシステムの構築が望まれているのが現状である。入院中の患者は精神障害者全体の実はごく少数に過ぎないので、公衆衛生的な見地から考えると、精神障害をより広い見地に立って検討すべきと思われる。

 世界保健機構(WHO)の共同研究は次のことを指摘している。ひとつは、日本では一般診療科を受診しなくても精神科医療機関を直接受診できるというシステムをもっていること、また、地域における精神障害の罹患頻度が欧米に比較して低いということであった。しかし、日本における精神障害の発症率が決して低いのではない。検知率が低いのである。差別や偏見のため地域社会と精神科病棟との距離が隔たっており、地域調査で見られるように精神障害の大部分は精神医療サービスの恩恵を受けてはいない。両者間にふるいわけの過程(フィルター)があり、より重度の障害をもったものだけが選択されがちなだけである。欧米の多くの国々では、地域社会とプライマリケア医、プライマリケア医と精神科専門医、精神科専門医と精神科病棟との各間にフィルターがあり、それを通しての連携や紹介がなされている。プライマリケア医が治療している患者の約20%は精神科に関連した疾患であり、中でもうつ病が多いという。軽症ないし中等症のうつ病であればプライマリケア医による治療が可能であることを示している。日本ではうつ状態を呈する患者の初診診療科は内科が圧倒的に多いと報告されている。但し、患者はきちんと包装されて区分けの状態で医師の診察室を訪れるわけではない。体重減少という主訴に対して、糖尿病なのかうつ病なのか、また、その併存なのかを適切に診断できること、つまり障害を検知する能力が求められることになる。また、自分が診れるか診れないかの限度の見極めも必要であり、抱え込まず、ある程度のところで精神科専門医への紹介が望ましい。わが国では、今後、うつ病に関して身体科治療医に対する教育・啓蒙や精神科専門医との相互連携推進が重要と思われる。

(3) 精神科クリニック、心療内科クリニックの位置づけ

 先に、日本では一般診療科を受診しなくても精神科医療機関を直接受診できるシステムがあることを述べた。このことには、欠点ばかりではなく利点があることはお気付きであろうか?

日本では、町の中に精神科専門医や心療内科専門医がごく普通に開業している。これらは精神科病院に比べて敷居の低い、受診しやすい精神医療サービスを受けられる場所を提供している。

 社会資源のひとつとして、診療所は精神科病院と機能を分化しながら存在しているのである。

わが国には(社)日本精神神経科診療所協会に加盟しているメンタルクリニックは1500以上あり、当地福島県にも20以上の精神科診療所が、適切なサービスを提供している。米国に比べ1/8から1/12の安価な医療費で治療やリハビリが受けられるシステムになっている。

受診患者の疾患別内訳はうつ病・うつ状態が8割と多いのが特徴である。受診経路は本人の意志による単独受診が最も多く、次に、他の医療機関からの紹介受診、公的機関からの紹介受診の順になっている。主婦、学生、会社員などの層が多いのも特徴である。即ち、「日常生活をしながら外来で治療する」が基本原則となっている。

(4) 自殺予防に対する今後の目標

 自殺の原因は多様で、危険因子には多くの社会的な要因が含まれる。このうち、ほんの一部だけが現実には介入可能であるに過ぎない。しかし、地域社会、行政、身体科治療医、精神科専門医等はそれぞれのパートで自殺率減少の仕事ができると思われる。1990年代英国政府は自殺率を重要領域と捉え、プライマリケア医には15%、精神科専門医には33%の自殺率減少の目標を設定したように、今の日本にもこのことが求められている。地域社会という集団で孤立せず、連携しながら、この目標を2010年までには達成できることを願っている。

 

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