土砂災害について |
郡山市立行建小学校6年 阿部 祥子 |
| 今年の夏は、全国的にとても暑くて暑くて、いつもとちがう夏でした。大雨がふったり、台風がたくさん来たりして各地で、いろいろな災害がありました。郡山市でも、16年ぐらい前に大雨がたくさんふったことがあります。その大雨で、土砂災害が起こり家がこわれたり、死んでしまった人が何人もいました。土砂災害のためにこまっていた人もたくさんいました。 今年は福井県の土砂災害がひどかったです。私は、そのニュースを見てとてもびっくりしました。家の中までどろ水が入ってきていました。家の中にまでどろ水をかぶったら、テレビや電話器や冷蔵庫など、家の中にあるものは、ほぼ使えなくなってしまうそうです。家の外にある車も使えなくなってしまうかもしれません。その他にも大切にしているものが流されたら悲しいと思います。 もし自分の住んでいる所が、土砂災害にあったらどうしていいのか分からなかったと思います。 そんなこまっていた福井県に「2億円の当たり宝くじ券と手紙が送られてきた」ということをテレビや新聞で見ました。その手紙には、「私の名前をさがさないで下さい」と書いてあったそうです。多くの人が、どろ水が家の中に入って来て、なにもかもびしょびしょにぬれてしまってこまっていました。 その時に自分の2億円当たり宝くじ券を送るなんてすごいです。 「こんなにすばらしい人がいるんだなぁ。」 と思いました。 その2億円当たり宝くじ券は1つの家族に約2万円ぐらいきふされたそうです。家の中のテレビや電話器や冷蔵庫、車など買わないといけないし、2万円は本当にありがたいと災害にあった福井県の人のインタビューで、言っていました。 もう1つおどろいたことは、ボランティアです。家の中に入ったどろを外に出してきれいにしたり、土砂災害でのなやみを相談にのったりするボランティアをしている人がいるのにおどろきました。ボランティアの人たちも全国各地から集まって活動しているのにもおどろきました。土砂災害にあった人たちのために、全国各地から集まるのは、本当にすごいことだと思いました。 土砂災害の他にも、台風で死んでしまった人もいるし、台風でなやんでいた人もたくさんいると思います。平成12年ぐらいのときに郡山市も、大雨や土砂災害でこまっていた人がたくさんいました。にげようとしても水がタプタプなのでボートを使ってにげたそうです。 今年の大雨では、私の家の知り合いで、車が3台も使えなくなってしまった人がいます。私は改めて大雨や台風からはじまる土砂災害はこわいんだなぁと思いました。土砂災害がおこってこまっているとき、全国各地からボランティアの人たちが来たり、たくさんのぼ金が集まっていたらとってもうれしいだろうと思います。 私も大きくなったら、2億円の当たり宝くじ券を送るようなことはできないかもしれないけど、ボランティア活動やぼ金はできるだけしたいと思います。 |
「怖ろしい土石流」 |
金山町立横田中学校1年 菅家麻美 |
| わたしの住んでいる金山町では、今年7月13日に大雨が降り、通学路が何カ所も土砂で埋まって交通止めになり、高校生は、何日も列車不通で、休校になった。また、いとこの住む新潟県三条市でも被害を受け、テレビで放送された。わたしの身近なところで、こんなことが起こるのは、ほんとうに怖ろしいと感じた。 そこで、昔はどうだったのか祖父に水害と土砂災害について聞いてみた。祖父の話で金山町では、35年程前、大災害があったことを知った。今年の大雨とは、くらべものにならないくらいの大雨で、死者も出たと聞き、信じられない気持ちだった。 その水害についてもう少し詳しく述べると、昭和44年8月1日から、雨が降り続き、8月12日の朝5時頃から、8時30分位の間に、200ミリをこえる大雨が降った時のことである。この大雨と土石流の被害は、金山町で死者が8人、全壊したり、流されたりした家は38戸、その外にも、橋の流出が15、鉄道の不通3ヶ月、電話の不通1週間、電気の停電3日から10日、田畑の流出や埋没が90ヘクタールということだった。 そして、犠牲者の死亡原因は、すべて土石流による流出、または流れて来た土砂の下じきによる圧死で、災害の区分でいえば「土石流災害」であることがわかった。土石流とは調べてみると、多量の水を含んだ土が、小岩石や砂利とともに流れることで、山間の急傾斜地で大雨などによって起こるのだが、わたしの住んでいる金山町の地形は、その危険性が高いことを知った。改めて、土石流災害の怖さを知ることが出来た。そのため、わたしの住んでいる地域には、土石流を防ぐための小さなダムがあちこちにあるが、広大なこの土地では、作る費用は莫大で、完全に防止することは大変ではないかと思う。 被害を最小限にするためにも、住民が気象状況や情報をよく把握し、いろいろな知識を持つようにしたい。今は、防災無線やテレビなどにより、昔よりは状況をよく知ることができるので、訓練やイベントなどでもやってみてはどうかと思う。昭和44年の犠牲者のうち、半数の人は、1回家から出て避難したあと、再び家に戻ったときに土石流で犠牲になったとも聞いている。よく学校でやる火災の避難訓練で聞く「お」おさない「か」かけない「し」しゃべらない「も」もどらない、の「も」は、何の場合でも大切なことだと、改めて知った。 「災害は忘れたころにやってくる」の教訓を忘れずに、集中豪雨や、台風の時期は、土石流の怖さをよく知り、災害を防ぐ方法を考え、できるだけ被害をなくすようにしたい。 |