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福島県の皆様へ

〜パラグアイでの任期を終えて 小川未明隊員からの手紙〜

福島県の皆さんお元気ですか?
大寒を過ぎて、いよいよ本格的に寒くなってきましたね。私が2年5ヶ月のパラグアイ生活にピリオドを打ったのは12月。南米パラグアイの夏から、この温度差ですから、福島県の寒さはとてもこたえます。

そういえば皆さん、「南米は一年中常夏」と思っていませんでした?私も思っていたのですが、実際は家の造りが夏用なので、家の中でもジャンバーが必要なときもありますよ。とは言うもの、夏は40度を超える日もあり(日向はもっと暑い!)、「(暑くて)何も出来ない」とはこのことを言うんだなぁとつくづく思ったりもしました。



さて、今回は「パラグアイからの報告」ということなので、まず私の活動について紹介します。私はヘネラル・ディアス市という、普通のパラグアイの小さな村に野菜普及員として配属されました。仕事は、農家を巡回し野菜栽培の指導と、中学1,2,3年生に野菜の授業、あとはグループ作り、市場の確保などをしています。

村人が食べる主な野菜はトマト、タマネギ、レタス、人参。その他にピーマンやスイカ、フダンソウ、ジャガイモ、ニンニクなども食べますが、消費量は本当に少しです。でもパラグアイ人の食事に欠かせないのが肉。一人で日本人の食べる量の2〜3倍、ぺろりと食べちゃいます。太っている人が多いのもこのせいでしょうか。

村人の大半が農家で、牛や綿花で生計を立てています。しかし、ここ最近の不況で彼らの経済状態は非常に苦しくなっています。インフレで教育費や衣類、種子の値段は上がっているのに綿花の買い取り価格は上がらず、首都近くの農民がデモ騒動を起こしたことは日本にもニュースで流されたようです。

と、ここまで話すと、パラグアイは今とても緊迫した状態なのかと思ってしまうかもしれませんが、そうではありません。言っていることが矛盾しますが、パラグアイ人はそれでもどこか楽観的です。アフリカなどと大きく違うのは飢餓者が出ないという事でしょうか。農民は食べ物には困りません。加えてラテン系の気質もあり、どんなに苦しい生活をしている人でも、「人生は楽しむためにある」というふうに考えている気がします。

野菜の普及活動に当たって初め戸惑ったのは、価値観の違いでした。

パラグアイ人は一日に何時間もテレレ(冷たいお茶)やマテ茶(熱いお茶)を飲みながら会話を楽しみます。私にはこの時間がとても無駄に思えました。また野菜普及員の目で分析すれば、村人の食卓には緑がない、野菜の食べ方を知らない、野菜の必要性を知らない。それを教えて栽培法も教えれば、彼らは作り始めるだろうと考えました(時間はいくらでもあるんだから働け!)。今考えると、この考えはとても傲慢で自分勝手だったと思います。

最初の一年は5地区に野菜のモデル農家を作る計画をしました。が、結果はやはりどれもうまく技術移転は出来なかったと思います。原因は色々考えられますが、一番は先進国の文化を押しつけようとしていたからだと思います。

彼らには彼らのリズム、価値観がある、それを無視して「野菜を食べなさい」と言っても受け入れられるわけがないのは当然でした。しかもこのテレレは、彼らにとって貴重なビタミンや水分、薬草を摂取する機会であり、暑い時間をひととき休めるためにもとても大切な時間だと知りました。そして何より、休憩時の会話は彼らが生き甲斐を感じる時間!パラグアイ人はとてもお話好きです。

しかし、価値観が違うからと言って、文化相対主義(個々の文化はそれぞれ違うのだから違うなりで置いておけばいい)で良いという訳ではありません。貧困の撲滅や不平等の訂正など、人間共通の価値は存在します。私は以後、「開発」と「伝統文化」の接点を見つけるため、伝統文化の理解をすることを心がけました。野菜栽培以外の農家仕事に混ぜてもらったり、彼らの大好きなサッカーやフィエスタ(お祭り)で一緒に遊んだり・・・。いつの間にか、彼らと同じ事を考えるようになった気がします。

そして、この村が育ち行くために私が手伝えることは何か。指導内容は以前とあまり変わってませんが、前提とする開発意義が全く異なるため、今は農家へ受け入れられる様になったと思います。方針は、彼らのスタイルを崩すことなく良いものを取り入れる。新しく取り入れたことはと言うと例えば、敷き草や草生法の勧め、寒冷紗を使って日よけ雨よけ屋根を付けること(お金がある人)、水草やサトウキビの残差を利用した堆肥作り等、とても基本的なことです。

ヘネラル・ディアス()は少しずつですが変化しています。一昨年、首都アスンシオンからピラール(任地から40km先の県庁所在地)までアスファルト道路が開通したため、色々な物質やその文化が入ってくるようになりました。村人にとってはまだ珍しい白菜やブロッコリーも入って来ています(ピラールまで)。治安も少し悪くなった気がします(泥棒が増えた)。

村の良い面、悪い面は、その中にあっては見えにくいことがあります。ここに外部者が入ってより良い方向への共同作業をするのが私(協力隊)の役割だと思っています。長い期間、村で家族と一緒に暮らす協力隊だからこそ持ち得る視点があるのではないでしょうか。

質問、感想等ございましたら、こちらへどうぞ

小川 未明
(12年度1次隊 野菜)

 
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