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昨年暮れに新しい紙幣が発行されました。私がパラグアイに来た2008年9月には、紙幣は写真1の6種類でした。もっとも大きい金額のお札は100,000グアラニ−(Gs)で日本円に換算して2,000円(換算レ−ト50Gs/円として)です。次は50,000Gs、20,000Gs、10,000Gs、5,000Gsそして1,000Gsです。最後の1,000Gsはコインと共存して、紙幣はぼろぼろのまま当時流通していたのですが、昨年(2009年)中ごろにはなくなりました。
どこの国でも、紙幣には人の顔が印刷されています。この国でも同じで、100,000GsはSan Roque Gonzarez de Santa Cruz というパラグアイ生まれでイエズス会の宣教師(1576-1628)でした。パラグアイに先住民指定地(伝道目的に建設された村)をつくり、伝道に努めた人です。カトリック教徒が90%以上のお国柄が良く出ていますね。
2007年に新しく出された50,000Gs紙幣はAgustin Pio Barrios (1885−1944)と言う人で、ギタ−リストであり、作曲家で、クラシックギタ−の名曲を沢山作曲したそうです。
同じく2007年に出された20,000Gs紙幣は女性の人物像ですが、これは特定の女性ではなくパラグアイの女性全体を表わした像であり、三国戦争敗戦からパラグアイの復興に果たした女性の功績をたたえてのことらしいです。10,000Gs紙幣は、Dr. Gaspar (Jose Gaspar Rodriguez de Francia)の像であり、1811年5月14日にスペインからの独立を宣言したときの指導者(1766-1840)です。
5,000Gs紙幣は、Carlos Antonio Lopez(1792-1862)であのパラグアイの黄金時代を築いた初代のロペス大統領です。1,000Gs紙幣は、Francisco Solano Lopez (Mariscal Lopez)(1827-1870) で、パラグアイを滅亡の淵に追いやったあの息子ロペス大統領です。
そして、ここにきて2,000Gsの新しい紙幣が発行されたわけです(写真2)。ここに印刷されている人物は姉妹でAdela(姉)とCelsa(妹)で、姉は1865年にあの三国戦争の退却戦の中で生まれ、妹はその3年後に生まれたそうです。彼女らは、ウルグアイやアルゼンチンで教育を受け、1890年代にはパラグアイ政府の要請で、三国戦争後の荒廃していた国で多くの文盲の子供たちに教育を与えるために奮闘しました。そして、姉Adelaはパラグアイの師範学校の初代校長に就任しています。
パラグアイを破壊に導いた、Mariscal Lopez(旧1,000Gs紙幣)に代わって、破壊のどん底から再建に貢献したAdelaとCelsa(新2,000Gs紙幣)が発行されたことは、新しいパラグアイを象徴しているようにも思えます。そして、この新紙幣はパルプによる紙ではなく、薄いプラスチックの紙で手が切れそうです。
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▲写真1 パラグアイの紙幣(パルプ紙幣)
(上)San Roque Gonzarez de Santa Cruz イエズス会の宣教師(1576-1628)
紙幣の発行:1995
(中)Agustin Pio Barrios (1885−1944)ギタ−リストであり作曲家、紙幣の発行:2007
(下)パラグアイの女性全体
紙幣の発行:2007 |
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(上)Dr. Gaspar(1766-1840)
1811年5月14日にスペインからの独立を宣言,紙幣の発行:1995
(中)Carlos Antonio Lopez(1792-1862)
パラグアイの黄金時代を築いた初代大統領、紙幣の発行:1995
(下)Francisco Solano Lopez
(Mariscal Lopez)(1827-1870)
パラグアイを滅亡の淵に追いやった息子ロペス大統領
紙幣の発行:1995、廃止2009
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▲写真2 昨年暮れ発行された新紙幣
(薄いプラスチックの紙です、また紙幣の大きさはすべて同じです。)
Adela y Celsa Speratti
(1865-1902)(1868-1938)教育者
紙幣の発行:2009 |
廣瀬 靖夫
(シニアボランティア 環境工学)
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