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こんにちは。こちらに来て仕事を始めて半年以上が経ってしまいました。半年経ったら報告書を提出すると言う約束も、初めはまだまだ先の話と思っていましたが、気がついたら半年以上過ぎてしまいました。任地の報告をします。

私の任地ウパラは首都サンホセから北西に230km離れたニカラグアとの国境を有する町です。首都サンホセは、標高が1000mあるということもあり、気温は25度前後の常春で朝晩は半袖では肌寒さを感じますが、ウパラは標高ほぼゼロで、高温多湿の気候です。1年間の内3,4月だけ乾季で、あとは雨季です。乾季でも時々雨が降り、またニカラグア湖からの湿気が漂ってきて常に多湿です。ウパラの主な産業は牧畜で、町の中心以外は牧場か畑になっていて牛、馬、豚、鳥などをよく見かけます。農産物としては、フリホーレスという小豆のようなもの、トウモロコシ、バナナの栽培が盛んに行われています。なので、広大な牧場や畑が広がり、その向こうに火山が3つ聳え立っているの景観は、牧歌的でかつ自然の雄大さを感じます。観光地化は全くされてなく、商店みたいなお店が中心地に並んでいる程度の静かな田舎の町です。外国人は日本人の私だけで、後は何人かの中国人がいます。ニカラグア国境が近いと言うこともあって、ニカラグア人も沢山いるようです。ただ私にとってニカラグア人もコスタリカ人も同じに見えますが、肉体労働やお手伝いさんとして雇われて働いている人の大多数がニカラグア人だと思います。

ウパラでの生活は学校の先生の家にホームスティしています。初めは学校の会計士の家にホームスティしていましたが、各部屋に扉がなく、トイレもカーテンのみだっとこと、食事が合わないのと、家の子供達(4歳、11歳)と上手く行かなかったことなどから、家を変えました。今思えば、私の言葉の足りなさと、気持ちにゆとりがなかったことが原因だった気がします。今の家は2件目だけあって、ある程度のことは仕方ないと思えるようになり、家の人たちは親切だし、ある程度私の独立性を尊重してくれるので、居心地はいいです。朝は7時から夕方4時頃まで学校で仕事をしています。仕事が終わると、寄るところも、することもなく始めの頃は、テレビをみたり、スペイン語の勉強したりと退屈でした。最近は田舎の特色をいかして、夕方サイクリングをするようになり、そのおかげで友達もできました。またギターを買って練習をするようになりました。週末は、家族が近くの国立公園や温泉、親戚の家などに時々連れて行ってくれます。また学校の先生や生徒が家に招待してくれたりします。何もすることがないときは、本を読んだり散歩したり、テレビを見たりノンビリしています。

ウパラは何もない田舎町ですが、障害者が多い気がします。ウパラで理学療法士をしているコスタリカ人の友達がいるから余計にそう感じるのかもしれません。実際、自宅で出産する人が多いこと、近親結婚が多いことなどが原因だそうです。ウパラの理学療法士は今年なったばかりで、ウパラで唯一の理学療法士です。首都サンホセには理学療法士や作業療法士の協力隊員が何人かマンパワー的に働いていますが、地方にはあまり協力隊員が入っていません。私はウパラのような地方のほうが、もっと日本の技術を必要としている気がします。ウパラで働いている理学療法士は、日本の理学療法の技術に興味を持っているし、人手も足りないようです。

さて、私の仕事について報告したいと思います。
私の配属先はウパラ専修技術学校で、日本で言う中高生にあたる生徒達が夜間の部も合わせると800人通っています。この学校では、普通科目の他に、農業科、家政科、秘書科の専門を選択することができます。農業科ではいくつかのプロジェクトを持っていて、(畜産、農耕、蝶々など)その中の一つに、組織培養を取り入れようとしています。

そこで私の要請があがったわけです。私が任地に着いたときは、実験室はすでに用意してあり、クリーンベンチや実体顕微鏡などの器具、試薬類はある程度揃っていてびっくりしました。学校の先生が、コスタリカの大学に協力してもらって、いろいろ必要なものを揃えたり、講習会を受けたりしたようです。道具はそろえたものの、実際に実験室を運営できる人材がいない状態でした。そこで私がまず初めにしたことは、コスタリカ大学の付属施設である、蘭の研究所で蘭の組織培養の講習会を受講し、そこで蘭の培養苗や種を入手し、まずそれらを学校で培養することにしました。私の書類上のカウンターパートは、学校の実習授業全体の調整員で、私と一緒に働くことはなく、必要な器具類を調達したりするのみで、実質上のカウントーパートは実習授業の雑用全般をする人でした。9月から一緒に働き始めて、11月頃から、あまり実験室に来なくなり一緒に働くのをやめてしまいました。原因としては、私自身環境に慣れるのに時間がかかり、気持ちに余裕がなかったため、上手くコミュニケーションを図れなかったからだと思います。つくづく異国で生活し仕事をすることの大変さを実感しました。12月から2月までは夏休みで、休みの間は一人で植物達の世話をしていました。3月になって、新しい私のカウンターパートができて、去年卒業したばかりの女の子で、昼間は私と一緒に働いて、5月から農業高校の先生になるために通信教育で勉強するそうです。目的意識がはっきりしているので、働き者で、向学心があるので、私も仕事のしがいがあります。また週に1度学生の実習授業を午前中一杯持つようになり、生徒たちとも触れある時間が取れて、仕事が楽しくなってきたところです。まだまだ私のスペイン語力不足で、きちんと教えきれなかったり、伝えきれなかったりで、これから自分の仕事について考えて改善していかないとと、考えています。

また私自身組織培養の知識が完璧ではなく、ましてや熱帯作物となるとなおさらで、コスタリカに来てから、勉強しました。例えば、コスタリカの大学の研修室へ行って勉強させてもらったり、日本の研究機関に問い合わせたりして、情報を収集しました。今は蘭だけを培養していますが、これから、バナナ、サトイモ、などの作物の組織培養をやろうと考えています。今思えば、日本の農業高校で組織培養の授業をどのように行って(おこなって)いるのか、地域との関わりはどうしているのかとか、見学なり勉強してくれば良かったかなと思ったりします。今は組織培養で得た蘭の小さな苗を、環境に慣らして、ある程度大きくなったら売る方向で考えています。蘭の場合、花を咲かせるまで面倒をみると、時間と手間がかかるので。バナナやサトイモは蘭に比べると生長が早いので、ウイルスフリー作物について生徒達が勉強する材料に適していると思いました。また、コスタリカは蘭の種類が多いので、野性蘭の種を採取し、無菌播種を行い、組織培養の応用として、種の保存についても学校として貢献していけるんじゃないかと考えています。当面の目的としてはカウンターパートに実験室の運営していく能力を身につけてもらうこと、応用が利くように基本的な生物の知識や組織培養の理論を理解してもらうことです。

そして、生徒達にももっと授業をとおしてバイオテクノロジーの面白さを伝えていけたら良いなと考えています。私の仕事も最近ようやく動き出した感じなのでこれからが自分のがんばりどころかと思っています。

半澤 咲子
(14年度1次隊 組織培養)

 
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