choubo  2008.3.28

交流員より
∴ 尹 淑君
裏磐梯高原スノーシュートレッキング ▼秋の尾瀬紀行 ▼ 心地よい環境を再生しよう ▼ みなさん、こんにちは!  ▼ プロフィール  

 

 裏磐梯高原スノーシュートレッキング

   皆さん、スノーシュー(西洋版かんじき)で雪山を散策したことはありますか?先週の月曜日、私は同僚たちと裏磐梯スキー場でスノーシュートレッキングをしてきました。
 私たち3人のほかに、ガイドの清水さんなど3人も同行してくれました。天気が崩れそうだったので、さっそくリフトでスキー場の最上部に昇ることにしました。そのコースの斜面ははじめはとても緩やかですが、だんだんと急斜面に変わって、変化に富んでいます。標高1000メートル以上の最上部に着くと、別世界に入ったように素敵な雪景色に身が包まれました。目の前に現れた桧原湖は真白の雪に覆われて、黒い樹木みたいなものが点在して、遠くから見ればまるで水墨画のようです。その黒いものが実は凍っている湖の上で釣りをしている人たちのテントだと清水さんは教えてくれました。
 ここでスノーシューを履いて、出発の準備をしました。スノーシューを履くと両足を開いて歩くというイメージがありますが、自然に歩いて行けばいいのです。ストックもわざと前のほうに突くのではなくて、普段歩く時と同じように移動すればいいということです。清水さんたちの指導のおかげで、次第に気楽に歩けるようになりました。コツというものはやはり大事だなあと思いました。
 清水さんの後について歩いて間もなく、動物の足跡を発見しました。足跡は線のようにつながって、遠くのほうに延びています。ここの山でよくみられるウサギの足跡だそうです。清水さんはこのウサギは、どちらの方向に向かって走っていたのかを判断する方法を説明してくれました。
少し前のほうに進むと、真白の地面がオレンジ色に染まったところに皆さんが注目しました。オレンジ色に染まった雪はいい香りもしています。これは何ということでしょう。実は、オスのウサギのおしっこだとガイドさんは教えてくれました。オスのウサギは繁殖の時期にメスのウサギを引き付けるため、おしっこが鮮やかなオレンジ色に変わるそうです。その後、ある低木の枝がナイフで切られたように折れていましたが、これもウサギの仕業だとガイドさんが言いました。ウサギの歯がそんなに鋭いとは知りませんでした。低木の近くにウサギのフンも見つけましたが、ここでまたびっくりすることを聞きました。実はこれはウサギが二回目に出したフンなのです。キツネやタカなどの天敵に見つけられないよう、ウサギはできるだけ速く植物を食べますが、お腹は小さくて、胃も一つしかないので出したフンには栄養分がまだたくさん残っているそうです。すべての栄養を吸収するため、ウサギは自分のフンをもう一度食べるのです。絶対食べ物を無駄にしないウサギは、弱肉強食の自然界で生き残るため、こんな食生活になったのでしょう。ウサギだけでなく、この雪山の動物は皆生きる知恵をいっぱい持っていることでしょう。きっと人類はまだまだ知らない野生動物の不思議な世界があると思います。 
 磐梯山は火山口が多いため、岩の間で煙っている風景をよく目にしました。このように、雪景色を見ながら、ガイドさんからいろいろな野生動物や植物の話を聞いていると、いつの間にか「イエローフォール」が目に入りました。この黄色い凍った滝は裏磐梯の厳冬期だけに現れる幻の氷瀑です。磐梯山の噴火口の硫黄分や鉄分を含んだ水が幾重にも重なって凍り、黄色みを帯びていることからイエローフォールと呼ばれるようになったのだそうです。この凍りつき粛然とした滝の前に立つと、時間もここで止まったような気がします。ここで、写真を撮ったり、お茶を飲んだり、お菓子を食べたりして、ゆっくり休憩しました。
 帰りは別のコースで帰りましたが、ヒワという鳥の群れと出会ったり、岳樺(だけかんば)の幹の穴にリスが置き忘れたドングリを見つけたりして、来た時とは違う風景を楽しみ、またガイドさんからいろいろな面白い話を聞きました。初めて雪山を歩き、久しぶりに大自然と親しみ、ぜんぜん疲れを感じずに3時間ほどを楽しく過ごしました。皆さん、雪が融ける前に、磐梯朝日国立公園の裏磐梯高原に行ってスノーシュートレッキングを体験してみませんか。

←ウサギの足跡
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【文:尹 淑君】
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 秋の尾瀬紀行

  今年の8月30日、「尾瀬」地域は日光国立公園から独立し、新たな国立公園として生まれ変わった。宣伝のパンフレットを見た私は、あの四季折々に元気な色があふれる湿原に心を引かれ、ぜひ尾瀬に行ってみたいと思った。10月19日、前日、中国湖北省襄樊市から来日した両親と一緒に、ようやくこの願いが叶えることができた。
  朝9時半ごろ、私たちは日本の友人の車に乗せられて、福島県の南西部にある尾瀬に出発した。路傍の風景を楽しみながら、午後4時半ごろ檜枝岐村に着いた。
この静かで小さな村には、古くから伝えられてきた伝統がある。夏には歌舞伎が行われているそうで、お地蔵様も村のあちこちに見ることができる。この村独自の文化が残っているのだ。
  日がまもなく暮れ、雨も降ってきたので、私たち一行は、早速予約した民宿に泊まることにした。
  翌日の朝、雨が上がり、澄み渡った青空には真っ白な雲が浮かんで、私の気持ちもこの晴れ渡った秋空のように明るくなった。8時半ごろ、四人は尾瀬に向かって出発した。尾瀬への入山口は主に群馬県片品村と福島県檜枝岐村からの2通りがあって、檜枝岐村からは沼山峠が入山口となっている。ただ、沼山峠へ通じる道路は1年を通じてマイカーの乗り入れが禁止されているので、マイカーで入山する際は、ふもとの御池地区に車を置き、そこからバスに乗り換えていくことになる。
  幾重にも重なっている山々は緑の上に、赤や黄色、茶色が混じり合って、まるで油絵のように鮮やかだ。山は、春の新緑、夏の濃い緑、冬の白一色と、それぞれの美しさがあると思うが、秋の鮮やかな色に染まった風景は、目を楽しませるだけではなく、心も軽くしてくれる。バスの運転手さんは眺めのいい場所でわざわざスピードを落としてくれた。観光客達は目に映る壮大な風景に息を呑み、「きれい」という言葉しか発することができなかった。
  バスで20分ぐらいかかって、入山口に着いた。ここから、一行は山を歩いて登り始めた。空気の中に松の香りが漂い、土の匂いがする。樹木の中を通ると、山の赤や黄色が実はいろいろな種類があることに気づいた。もみじの赤は燃えるように鮮やかで、白樺の葉っぱの黄色が明るく輝く。樹木はそれぞれユニークな色で秋の山を彩る。1時間ぐらい歩くと、黄金色の草原がパッと目の前に広がった。これが尾瀬ヶ原だ。その景色に感動しながら、四人は木道を歩き始めた。この草紅葉に埋め尽くされる秋の草原の中に身を置いたら、私は思わず中国の古い歌を思い出した。「天蒼蒼、野茫茫、風吹草低現牛羊」。両親はモンゴル族の民謡「草原の歌」を歌い出した。この時感じた感動は歌でしか表せないのではないだろうか。

   私はずっとここに居たい、ここで羊を放牧したい(もちろん湿原なので放牧は禁止されているが)と思っていると、いつの間にか草原の果てに、群青色が現れてきた。近づいて行くと、尾瀬沼は静かに波紋を広げ、秋日の下にピカピカ輝いている。湖畔に白鳥がのんびり泳ぎ、カモたちが魚を採るため、水に潜っている。なんときれいな所だろう。
  四人は尾瀬沼そばの山小屋で休みを取った。店の人は明日山小屋が閉まり、尾瀬の観光シーズンはまもなく終わると教えてくれた。
「私たちは本当に幸運だったね。」
「尾瀬を見に来てよかったね。」
いつまでも、あの日に見た尾瀬の姿は、心に残るだろうと思う。

【文:尹 淑君】
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 心地よい環境を再生しよう

 

  福島県に来て、あっという間に3か月が過ぎてしまいました。初めての海外生活ですが、思ったほどホームシックにはかかりませんでした。休日には、親切な同僚や友人に誘われて、花見に行ったり、温泉を体験したり、さくらんぼ狩りを楽しんだりしてきました。
  先日、友人と郡山市ふれあい科学館を訪れ、宇宙劇場で「地球誕生46億年の旅」という番組を体験することができました。椅子に座って、目の前に展開したのは、夕日が沈んで、猪苗代湖を覆う夜空でした。観客達は満天の星空を眺めながら、解説員から星座の見つけ方や星座にまつわる神話の世界、そして天文や宇宙に関するテーマについて、迫力ある映像を交えながらの説明を受けて、いい勉強になりました。
  私はその星空に感動しました。あの宝石のような輝く星を見るのは、久しぶりだからです。小学校の時、田舎で4年間暮らしたことがあります。夏に夕方になると、お父さんは毎日のように「凉床」(竹で編んだベッド)を部屋の外へ運んで、家族そろって涼んでいました。私はいつも「凉床」で体を横にして大人たちの昔話や世間話を聞きながら,じっと夜空を見ていました。あの時のきれいな星空は小さな私に無限の夢を与えてくれ、永遠のいい思い出になりました。
  しかし、私が大きくなるとともに、空を見上げる楽しみをどこかに置き忘れてしまいました。都市の空はいつも薄暗く、夏の気温もどんどん高くなってきているので、夜、外で涼を取る人はいなくなっていました。コンクリートの都市では自然との触れ合いが減り、いつの間にか季節の移ろいさえ感じられない生活に慣れてしまいました。
  私が大きくなるこの十数年、我が国の経済は急激に成長してきています。経済発展のおかげで、国民の生活レベルが大幅に引き上げられました。しかし、経済成長の恩恵を受ける一方、砂漠化、大気汚染、温暖化等環境問題は身近に感じられるほど深刻化しています。それに対して、近年来、中国政府は経済発展の方針を見直し、「調和の取れた社会」(特に人間と自然が調和を保ちながら発展していく)への転換が掲げられています。大都市から小さい市と鎮(日本の町村のレベル)まで、環境改善に取り込んでいます。例えば、故郷の湖北省では、2002年までに、漢江(長江の一番長い支流)流域の52の小型製紙工場が全部閉鎖され、河南省や寧夏回族自治区では最近、大きな大気汚染源となる小型火力発電所が全部爆破されてしまいました。また、新彊ウィグル自治区は砂漠拡大を阻止するために、187億元(約3000億円)を投入することになりました。もちろん、根本的に環境問題を解決するまでには、かなり時間がかかると思います。でも、いつかきっと、子供のころ親しんだきれいな星空や川が再び現れることを信じています。
  この3ヶ月の間、福島県の「ほんとの空」「ほんとの川」に感動すると同時に、そのきれいな環境を守っている日本人の自然に親しむ生活ぶり、また、既に日常習慣に定着した環境に優しい心がけに感心しました。環境保全は、国民一人一人の努力がなければ実現できないことだと思います。
  心地よい環境を再生させるため、まずは自分ができる行動を実践しましょう。

【文:尹 淑君】

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 みなさん、こんにちは!

  福島に来てまだ2週間ほどですが、最初の緊張と不安はどこかに置き忘れてしまったような気がします。住んでいるアパートが川沿いにあり、静かに流れる阿武隈川は故郷の漢江(カンコウ)(長江の支流のひとつ)のことを思い出させ、心の安らぎを得ることができました。来福の翌日、空が晴れて、青空に真っ白な雲が点在し、遠くの吾妻山の真っ白なてっぺんが雲と連なるように見え、中国の都市ではあまり見られなくなっているきれいな空に感動しました。堤防に沿って散歩した時、桜の花吹雪が顔をなで、タンポポが福島の春を告げるように輝き、風に草の匂いが漂って、気持ちもさっぱりとしました。
 更に、心を温めたのは、福島の人々の熱心さと親切さ。来福翌日の土曜日、担当の三浦さんが近くの花見山へ連れて行ってくれました。ちょうど桜、桃、木蓮、レンギョウなどが咲き誇る頃で、花見山は全国各地からの観光客でにぎわっていて、私も日本の桃源郷の美しさを満喫しました。頂上に登った時、花の山の下に、福島市全体のパノラマが目の前にぱっと展開しました。なんというきれいな町なのだろうと思わずつぶやいてしまいました。このようなきれいな山は今までは夢の中でしか見たことがありませんでした。三浦さんから聞いた話ですが、この山の花は全部阿部さんという87歳のおじいさんが60年以上もかけて植え続けたのだそうです。一生をかけて一つの山を仙境のように変えるのはきっとたくさんの苦労をしただろうと思います。彼はすばらしい人だと思います。
 日曜日も寂しくなかったです。本宮市の中国語サロンの会長、安藤さんの誘いを受けて、福島大学の中国人留学生と一緒に本宮市のみずいろ公園へ花見に行きました。教科書で日本の花見を読んだことがありますが、やはり、自分で体験しないとわからない楽しみがあります。会長の安藤さんと、副会長の三浦さんは7年間も中国を学び続けてきましたので、大体中国語で喋っても大丈夫です。参加者のなかには70,80歳ぐらいのおばあさんもいて、中国語や中国文化に興味深く、とても元気で面白いおばあさんです。みんなは桜の木の下で座って、いっしょに美味しいお寿司や赤飯を食べたり、ビールを飲んだりしながら、中国のゲーム「007」をしました。さわやかな笑い声が遠くまで聞こえて、家族が揃ったような和やかな雰囲気は本当に忘れられません。
 これからの1年、きっとこのような楽しいことがいっぱい待っているのでしょう。楽しみにしています。

【文:尹 淑君】

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